乳がんと闘病した芸能人・有名人まとめ

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罹患率、死亡者数ともに年々増加している乳がん。

日本において乳がん人口は増加の一途を辿り、日本人女性が生涯で乳がんに罹患する確率は、とうとう10.6%(9人に1人)となっていました。

「乳がん」の闘病を告白する芸能人が増えてきた背景には乳がん人口が増えたこと、また同時に、治療技術の向上のために「治るがん」になってきていることも挙げられます。

今回は、そんな「乳がんと闘ってきた芸能人・有名人」をご紹介したいと思います。

乳がんと闘病した芸能人

矢方美紀さん

職業:タレント 声優

「Ske48」元メンバー矢方美紀さん。
アイドル卒業後に『乳がん』が見つかりました。ステージ2bの乳がん、若年性の乳がんでした。左乳房全摘出とリンパ節切除を公表しました。

手術前の検査を受けていくとリンパ節に転移が見つかりステージ2に。手術では左の乳房を全摘し、病理検査の結果、最終的に「ステージは3A」と診断されました。

切除した乳房の再建手術も考えましたが、受けませんでした。また、抗がん剤の影響で将来妊娠が難しくなる可能性に備えて、治療の前に「卵子凍結」を推進する動きも当時、活発でしたが選択しませんでした。乳房再建も卵子凍結も事前の準備が必要で、治療の前に費やす時間が気がかりだったといいます。

手術・抗がん剤・放射線治療を受けて、髪の毛が抜けた時期はウィッグを付けて過ごしました。今も再発を抑えるためのホルモン剤を服用しています。

樹木希林さん

職業:女優

樹木希林さんの乳がんが発覚したのは2004年。
6月ごろ自信で触診して乳がんであろうことは薄々感じていたものの、病院で検査をしたのは9月でした。翌年の1月に乳房の全摘手術を受けました。

手術後には通常ホルモン療法を行うのが基本だと言われていますが、樹木希林さんは副作用の問題で断念。

樹木希林さんは、抗がん剤を拒み、ホルモン剤も飲むのをやめてしまったりしていたそうです。

その後がんが転移していきますが、すべて放射線治療を選択しました。

4年後の2008年に腸や副腎、脊髄に転移。13年には「全身がん」という言葉が話題になりましたが、医師から全身転移があると診断されたそうです。

約10年にわたり、放射線の4次元ピンポイント照射を受けたあと、最後はご自身で無治療を選択されました。

樹木希林さんは2018年9月15日に亡くなりましたが、全身に転移している状態で精力的にお仕事をしていたのが印象的でした。

後日、治療に当たった医師とお嬢さんの内田也哉子さんの対談の中で、乳がん手術の時点ではまだ1.7センチ、ステージ1だったということがわかりました。

南果歩さん

職業:女優

2016年3月11日、人間ドックで乳がんが発覚。ステージ1の診断により手術を受けました。

通常手術後には抗がん剤治療やホルモン療法を受けることが一般的ながん治療。

南果歩さんはこれらの治療を停止し、代替医療を選択。
この経験を講演会で話したことで、がん闘病患者や医学界で大きな話題となり、賛否両論が繰り広げられました。

南さんが抗がん剤治療やホルモン療法をやめたのは、決して現代医療を否定しているからではありませんでした。薬の副作用の出方は人によって異なり、軽く済む人もいますが、南さんの場合は手足のしびれ、めまい、高血圧などの副作用が強く出て、臥せった状態が長く続いたそうです。それが、南さんが治療を立ち止まろうと考えるきっかけになりました。

当時の夫であった渡辺謙さんも闘病中でしたので、そのサポートなどから副作用で動くことができないという状態はどうしても避けたかったのです。
代替医療という選択は正しいのか、セカンドオピニオンを受け、さらにはサードオピニオンも受けた上で慎重に判断し、代替医療に切り替える決断をされました。

南さんの病巣は乳房温存切除で取り除くことができており、リンパ節転移もない状態だったことから、主治医も抗がん剤治療とホルモン療法の中止を肯定してくれたのだそうです。

田中好子さん

職業:女優 歌手

田中好子さんはキャンディーズの元メンバーで女優としても活躍しました。

結婚翌年の1992年に乳癌が見付かりました。
幾度か再発を繰り返したのですが、いずれも早期発見で秘密裏に治療を受けながら芸能活動を続けていたそうです。

これらの事実は、田中の死去直後の記者会見において、夫の小達により初めて公式に明らかにされました。

闘病の事実は親族のみに伝えられ、キャンディーズメンバーの盟友である伊藤蘭さんと藤村美樹さんですら、伝えられたのは死の約3年前で、共演者には一切明かされていなかったといいます。

2011年(平成23年)3月14日、夫が余命を伝えたところ、「こんな事をあなたに言わせてしまってごめんね」と夫を気遣ったそうです。

「私は大勢の人に支えられて生きてきたので、みなさんにお礼が言いたい」

夫とマネージャー立会いで葬儀の際流されたメッセージが病室でベッドのリクライニングを起こした体勢で録音されました。

4月21日、親族と伊藤蘭さんと藤村美樹さんに見守られながら永眠されました。

北斗晶さん

職業:元女子プロレスラー、タレント

元女子プロレスラーの北斗晶さんは2015年に乳がんであることを公表しました。

乳がんの進行具合は「ステージは極めて3に近い2のB」

2015年9月23日、乳がんで入院、右胸全摘手術。さらに抗がん剤治療、そして放射線治療を行い、ホルモン療法を併用しながらがん治療に励まれました。

9月24日に右乳房全摘出手術を受け、29日に腋窩(腋の下)リンパ節まで転移したがんを取り除いた手術で、腋窩神経も取ったことも公表しています。

「私らしく、おっぱいが片っぽなくたっていいじゃん。生きてられるから。生きていられるのはすごいと思うし、そう思って私も生きていこうと思います」と前向きの発言をされたことが印象的でした。

生稲晃子さん

職業:女優 歌手

生稲晃子さんが乳がんの告知を受けたのは2011年のこと。42歳の誕生日でした。腫瘍のある部分を切除する乳房温存手術を受け、放射線照射と薬による治療を続けました。

・2012年の夏
再発が判明。がんのできた部分を切除する再手術を受けました。

・2013年10月
3度目の切除手術、同年12月27日に右胸の全摘手術を受けました。

・2015年10月27日
右乳房の再建手術を受けました。

生稲さんは5回にわたる手術歴があります。その闘病生活を乗り越えた力強さに胸を打たれます。

山田邦子さん

職業:タレント

山田邦子さんの乳がん発見のきっかけはテレビ番組の『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学 スペシャル』。番組内で乳がん自己検診の際に胸の違和感を覚え、左右の胸に乳がんがあることが発覚しました。

2回の手術を経てがんは全て摘出、早期発見により完治することができたそうです。乳がんが3個もあったということですが、10年の闘病を経て現在は寛解したとのこと

現在では、タレント活動のかたわらご自身の闘病の体験をセミナーや講演会を通じて積極的に伝えていることでも有名で、保険関連のイベントにもよく出演し講演をされています。

徹子の部屋」に出演した際は、10年の闘病を経て、現在は寛解したとのことだが、「がんって元気になっても『今日で終わり』っていうふうに行かないんですね。ずっといつまで経ってもせきが出たり熱が出たりすると、再発したのかしら? 転移したのかしら? っていう気持ちがずっと続く、再発の不安がなかなか消えないと語っていました。

乳がんと闘病した有名人

さくらももこさん

職業:漫画家

「ちびまるこちゃん」の原作者で知られる漫画家のさくらももこさん。

病気が発覚したすぐ後に、東日本大震災(2011年3月11日)が起きました。さくらさんは、直後は作品中では触れるべきではないと考えましたが、震災1週間後、まる子が花畑の中で涙を浮かべながら「きっと大丈夫だよね。日本も」と語る内容の4コマ漫画を新聞に描きました。

その後2週間、新聞の連載を休んむことになります。さくらさんはその時期が本当につらかったと振り返っています。

優しく穏やかで明るい日常を描き続ける一方で、その繊細な感性で「死」とも向き合い続けていたさくらさん。

「病状はずっと膠着状態でしたが、この夏前になって、急激に悪化した」と、知人は語っています。

最期は、静岡から上京して都内の自宅で一緒に暮らしていたご両親や20代半ばになった息子さんらに看取られたそうです

8月15日、乳がんのため永眠。53才でした。

乳がんとは

乳がんは、乳房にある乳腺にできる悪性腫瘍です。乳房はほとんどが母乳をつくる乳腺でできています。乳腺は乳頭を中心に放射状に並ぶ15~20の乳腺葉で構成されており、乳腺葉は、母乳をつくる「小葉」と、小葉でつくられた母乳を乳頭まで運ぶ細い枝状の「乳管」とに分けられます。乳がんの約90%以上が乳管から発生する乳管がん、約5~10%が小葉から発生する小葉がんです※1。ほかにも粘液がんや管状がん、腺様囊胞せんようのうほうがんといった特殊なタイプの乳がんがありますが、あまり患者さんは多くはありません。

乳房の中でも乳房の上部のわき側にできるがんが全体の53%を占めるとされています※2。これには、わきの下も含まれます。乳がんのできる場所は1カ所にとどまらず、2カ所以上になることもあります。

がん細胞が乳管や小葉内にとどまっている状態を非浸潤がんと呼び、がん細胞が増殖し、乳管や小葉の外に広がった状態を浸潤がんと呼んでいます。

非浸潤がんと呼ばれる早期がんの段階では多くが治るといわれていますが、早期の乳がんでは自覚症状があまり感じられません。時間の経過とともにがん細胞が増殖し、乳管・小葉の周囲まで広がり浸潤がんとなり、血管やリンパ管へと広がります。乳がんの診断を受けたときに、リンパ節や脳・骨・肺・肝臓など遠くの臓器にがん細胞が運ばれて遠隔転移をしていることもあります。乳がんから遠隔転移をしたがんは、乳房以外の臓器に発生していても乳がんの特徴を持ち、その臓器に生じるがんとは性質が異なります。

出典:「SKE48」元メンバー・矢方美紀さん アイドル卒業後『乳がん』が見つかり「ステージ3A」と診断『左乳房を全摘出』など自身が語る闘病の日々 | 特集 | MBSニュース

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